1.はじめ
先日Hayatoさんのこのブログを見て、このようなツイートをしました。
同感です。
— 🇯🇵Ken : 日本語 / 英語教師 @フィリピン (日本一時帰国中)🇵🇭 (@kh678k) January 18, 2021
自分をユーザー目線に例えて、同じ味の200円の牛丼と無料の牛丼があったら、どっちを食べるかは明白でしょう。
ブログ内でも言及されているように「コンテンツ」を買ってもらうのではなく「体験」を買ってもらうことの方は今後重要になってくると思います。@Hayato_Sato4989 https://t.co/bjzuPoOTpT
自分含め、今後日本語教師としてどうやって価値を高めていけばいいのか考える良いきっかけになりました。
現時点で私が考えていることを書きます。
2.「コンテンツ」を買ってもらうのではなく「体験」を買ってもらう
うまくそれぞれを言語化できないので、 音楽に例えてみます。
曲=コンテンツ
ライブ=体験
著作権とか違法アップロードの問題を無視すれば(助長はしていません)、曲自体は無料で聞けますよね。でもなぜお金を払ってライブに言って、その曲を聞くのか。
教師に例えれば、
授業そのものや自作教材=コンテンツ
その先生がやるライブ(同期型)授業=体験
教師の場合は上述した音楽の例とは逆の例になります。同じような内容の授業だとしたら、ボランティアで運営されている無料の日本語教室があるのに、なんでお金を払って勉強しないといけないのか。
つまり教師の場合コンテンツが同じようなものである限り、ユーザー(学習者)が無料に流れていくのが自然だということです。ボランティアがいなければ…と考える人もいるかもしれませんが、この土俵で戦うと、最後は結局価格競争になるので、どのみち同じ問題に直面する可能性が高いです。
3.じゃあどうすればいいのか?
内容での差別化も大切なことだと思います。しかし特に語学学習は成果が見えにくいし、絶対的な方法は無いので、そこだけでユーザーに選んでもらうのは正直難しいかもしれません。(色んな学習塾がある中、どこがベストかを選べないまたは選ぶのが難しいのと同じ感じです)
今後(というか今もすでに)重要になってくるのは、ファンをどれだけ作れるかだと思います。
これはYoutuberを見てても、クラファンのようなシステムを見てても思います。ジャニーズとかその他のアイドル達もそれで成り立ってるし、ファンの勢いってすごいですよね。(握手会のチケットをゲットするためにCDを100枚買ったりとか)無名の違う人が同じようにファングッズを出しても売れないでしょう。
ファンっていうとなんか語弊があるかもしれないので、教師向けに言い換えるすれば、
「この先生に習いたい」
「この先生なら信用できる」
「この先生ならついていきたい」
ってことです。
学校に通って無差別に先生をアサインされて同じような授業を受けるよりかは、こっちのほうがよっぽど健全だと思います。
様々な情報やコンテンツがシェアされている昨今、コンテンツの内容も大事だけど「誰が(やるのか)」の方が生き残るためには重要になってくると思います。
4.まとめ
ここまで誤解が無いように遠回しに言ってきましたが、あえてズバリ言うならコンテンツはその「誰が」を発信してくれるものであって、それ自体に価値はなくなってきていると思っています。コンテンツは広告で、自分が商品(=価値)です。この感覚って学校や機関に所属して教えていると意識しづらいですよね。(私もその1人です)。
少し話がそれますが、日本人英語講師の給料についてもググってみました。パッと見た感じ時給2000円以下なので、日本語教師と同じくらいかそれ以下かもしれませんね。
なんで語学の教師が思ったより高くないのか。ボランティアの存在を全否定はしませんが、話せる→教えられるって思われてるのもその要因かもしれません。日本人の知り合いに「日本語教師って簡単そう」って思われることありませんか?
日本語教師だからこそ「話せる→教えられるじゃねぇよ!」ってつい言いたくなりますよね。「話せる→教えられる」の間にある苦労を知ってもらいたいものですね。下手したら外国語を覚えるより大変かもしれません。
最後まで読んでいただき、どうもありがとうございます🙇♂️
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