レビュー『やりすぎ教育』

2021/05/22

レビュー(本) 教育一般

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 1.はじめ

やりすぎ教育 商品化する子どもたち

私が教職課程を履修していた時の先生が書いた本です。実際に授業を受けたのは2科目くらいですが、ユニークな先生であったことは印象に残っています。授業でどんなことをしたのかも結構覚えてます。

それでは早速ですが、本題に入っていきます。

2.エデュケーショナル・マルトリートメント

この著書でのキーワードは「エデュケーショナル・マルトリートメント」です。直訳すると教育虐待ですが、教育を受けさせない等のネグレクト的なものではないです。著書ではこのように定義されています。

子どもたちが自分の生きる世界を理解し把握するために学びたいという、真の人としての成長発達のニーズではなく、大人の将来への不安や欲望から強制的に学ばせられる状態のことを、私は「エデュケーショナル・マルトリートメント」と名付けました。

武田信子. やりすぎ教育 商品化する子どもたち (Japanese Edition) (Kindle の位置No.423-426). Kindle 版. 

例を挙げるとこのようなことです。

  • 子どもの将来と思って、学習塾に通わせる(子どもが自分で意思決定して行っている場合は別)
  • 子どもの安全を考えて外で遊ばせない、または遊ばせても大人があれやるなこれやるなと過剰に干渉する
  • テストとかで無駄な競争心を煽る(本人の人としての学びのためにではなく、まるでゲームで勝つみたいに)

上の3つ全てに共通していることは大人が全てコントロールしているという点です。子どもの自発的な行動や学び(子どもが意識しているかどうかは別として)が大人によって制限・コントロールされていることで、子どもの真の成長が阻害されるているというのがこの著書の問題提議です。

3.内容に関する木村のコメント

大変恐縮ではありますが、2つの内容について私が思ったことをコメントします。

たとえ親や教員に多少問題があっても、多様な価値観を持つ多彩な人々が周辺にいて、子どもにいろいろな形で接してくれていれば、子どもはその中から自分が真似したい大人の行動を適宜選んでいけます。

武田信子. やりすぎ教育 商品化する子どもたち (Japanese Edition) (Kindle の位置No.554-556). Kindle 版. 

私の子ども時代の経験を振り返ってみても、そう思います。

私の父親は現場歴約50年のゴリゴリのガテン系で色んな飲み会に連れて行かされました (もちろん私は飲んでませんよ笑)。ガテン系の飲み会って言ったらどんな感じの飲み会になるかは割と想像つく人がいるのではないでしょうか?

男くさい感じで、アツく語ったり、喧嘩したり、下品な話をしたりなど…。そして色んな人も見てきました。めちゃめちゃ女たらしの人、フィリピン人と結婚したけど何回もうまくいかなかった人など…。フィリピンパブに連れて行かされたのも覚えてます(多分今は法律的にできない)。無理矢理ステージでアンパンマンの歌を歌わされて、そこにいたお客さんたちからチップももらいました笑。

ネガティヴっぽいことしか書いていないかもしれませんが、もちろん素晴らしい人もいましたし素晴らしい話もありました。

ここで言いたいことは、こういう経験が今の私にとても役に立っているということです。

ネガティヴな出来事や人たちは私にとって反面教師的な存在になってくれたし、(現場系の)会社を成功させている社長たちは、将来自分で事業を興したいと思ってる私にとってとても刺激になっています。多分一般的な同年代の人たちよりは近くにたくさん社長さんたちがいるし、私のことを小さい時から知っています(でも私が将来興したい事業とは業界は全然違うけど)。小さい時に歌ってチップをもらった経験は、仕事の基本を知ったきっかけになったかもしれません。

学校が塾化していくのは、学力を上げて親子の望む進路に行かせてあげるのが先生の仕事だと思うからでしょう。

武田信子. やりすぎ教育 商品化する子どもたち (Japanese Edition) (Kindle の位置No.588-589). Kindle 版. 

だったら学校と塾の違いってなんでしょうね。塾は志望校に合格させることが目的で、そのプロ集団が集まってるので、学校を無くして塾だけにした方が効率いいと思いませんか?でもなんで学校があり続けるんでしょう。

高校時代の先生が言っていた言葉を借りますが、学校は「一つの社会」だと思っています。勉学も大事ですが、それは他のところがやってくれるのでやっぱりそれ以外の部分の成長を支援するべきだと思います。

児童・生徒に何かきっかけを与えたい、人としての成長を支援したいと思って教員になった人ってたくさんいると思いますし、私が最初に教員になりたいと思ったのもそれが理由です。でも社会的に評価されやすいのは、そんな人よりも「志望校にめちゃめちゃ合格させる」教員でしょう。

でも子どもたちの真の成長に必要なのは成長を支援したいと思っている教員たちだし、そういう先生って、経験がある子どもたちにとっては一生の恩人になってることが多いです。私もその一人です。あまり武勇伝は語るつもりありませんが、中学時代は結構遊んでいて、学校から来ないでくださいって言われて数ヶ月学校に行けなかったこともありました。その時の担任は毎日私に電話してくれました。当時は両親が共働きで家にいなかったので、風邪を引いた時はその担任の先生が家までポカリを数本持って来てくれました。

この先生の行動には問題があるっちゃあるかもしれませんが、私にとっては一生の恩人で、私が先生を目指そうと思ったきっかけの人です。依怙贔屓(えこひいき)と言われるかもしれませんが、中途半端な平等をするなら、こっちのほうがいいと思っています。必要な人に必要なことを全力でしてあげるのは社会では至極当然のことだと思います。

4.まとめ

Kindleでハイライトした箇所はもっとあるので一つ一つコメントしたいのですが、特に言いたいことがあるところだけを引用してコメントしました。

私はまだ子どもがいないので机上の空論で語っていますが、もし子どもができても思いっきり好きなことをさせてやりたいと思うし、色んな経験を提供できるようにしておきたいと思っています。

私の親は色んな経験をさせてくれたし、好きなことも何でもさせてくれました。人生で一回も「勉強しろ」って言われたことすらないです。うちの家族・親戚は基本みんな中卒ですが、私は色んな経験して、色んな人を見て、自分の意思で大学まで行ったし、先生になりました(親戚はみんな超びっくり。まさか木村家からそんな人が出るなんてみたいな笑)。私の親は、私の意思で決定したことは全部支援してくれました。だから今の自分があると思っています。

もちろん他人に身体的な危害を加えるとかいじめるとかそういう人として絶対にやってはいけないことには介入するべきだと思っています。

子どもは未来でもあるので、どんな未来にしたいか、そのためにはどんな教育をしていくべきなのかを考える良いきっかけとなりました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます🙇‍♂️

やりすぎ教育 商品化する子どもたち

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フィリピン🇵🇭の語学学校で日本語・英語教師をしています。 日本語教育、言語教育、教育一般を中心に記事を書いています📝 I am Japanese/English teacher in the Philippines🇵🇭 I am writing my blogs from the point of view of a teacher📝 Theme I write is about "Language Education", "General Education" but sometimes other things✌️

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